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社会を癒やすビジネスモデル 『毎日の生活の中にある与贈としての「食事」』

ギフモ株式会社
パナソニック アプライアンス社の企業内アクセラレーターとして、「未来の『カデン』をカタチにする」をビジョンに据えて活動しているGame Changer Catapultから生まれたギフモという会社が作ったデリソフターという調理器具があります。

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何をする機械かというと、食べ物を自動調理で柔らかくする機能があります。病気や高齢により食べ物の飲み込みが弱くなった方向けの製品です。

 

近年高齢化が進む日本において嚥下障害による誤嚥性肺炎が、問題になっており、そういったリスクを持った方へ、食形態を変える(ミキサーでつぶす、食べやすい大きさにする、物性を変える)などの対応や重度の場合は口から食べる事が禁止されます。

 

介護の現場においての調理の手間やご本人のQOLの低下が問題となっています。デリソフターを使う事で、介護者の負担を減らしつつご本人が家族と一緒の食事を取れるようになる可能性が出てくるわけです。これを作ったのがギフモ株式会社です。

 

今、食の医療的な問題に対する解決策「たべられない→たべられるようにする」などの多くのソリューションが、開発されています。このことは、日本で特徴的な事であり、海外ではあまり見られない傾向だといいます。福祉先進国の北欧でも「口から食べられなくなったら終わり」という考え方なのだそうです。

 

日本では、なぜか最後の一口に強いこだわりを持っています。

私も日本人ですので、食にはとても探求心があります。ネットでおいしいごはんのお店を探している時など夢中で探しています。

 

こういった行動を支えるのは、栄養を取りたいやおいしいものを食べたいという食への直接的な欲求だけでなく、「誰といつ食べるか」などのその食事の背景の幸福な物語が描かれていくことも原動力となっていると考えます。

 

誰かと会って話をしようとなったとき食事をしながらというシチュエーションが多く取られます。人の脳の特性上そこに食事があることで、幸せな気分や安心が得られるからというのも一つですが、更にそれ以上の意味が日本人と食の間にはあると思っています。

 

ビジネスモデルを考えるときに与贈循環という考えをする必要があります。

これは清水博先生の「〈いのち〉の与贈循環」という話です。場があったときに、個人や企業というのは「プレゼント」としての働きを場に提供するんですね。で、提供された場は豊かになって、その企業に「あってもいいな」という居場所を返礼してくれる、と。ここには個人同士の直接な交換ではなくて、場を介した循環が起こっている。清水先生は「与贈循環」という言葉を使っています。

ビジネスモデルオリンピア2018
「ビジネスモデルに関する循環とダイナミズム」 小山龍介氏

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ビジネスモデルにまつわる循環とダイナミズム―ビジネスモデルオリンピア2018講演 小山龍介氏 講演スライドより引用

必要なのは、機能的に食べられる事ではなく、その人と最後まで幸福なコミュニケーションを取るための食事かどうか、その人が食べる事に満足すると同時に、その人へ満足した与贈が出来るかどうかが重要になります。

 

この場合、介護される側が与えられているのではなく、満足を与えられているのは介護している側だという所が重要です。〈いのち〉の与贈循環を生み出すビジネスモデルが日本からどんどん生まれてくるのは心強いなと思います。

 

海外は日本ほど食事に拘りないから、ガラパゴス的商品になるのではと言いう懸念を言われることが多いですが、それが世界にとっても与贈循環を生み出しているならば、日本発の食のイノベーションが、世界を席巻することもあるのではと期待します。

 

文責 國井 誠

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