組織内でイノベーションを阻む壁、障害はどの企業でも、どの業界でも同じであり、どうやらグローバル環境においても全く同じことが起こっているようです。
社長が「ドローンでイノベーションだ!」と声高らかに宣言したのに、実は既に競合他社から、ドローンを活用した新サービスが発表されていた・・・。
新規事業計画、何度提案しても必ず No と言われてしまう。関係者の承認を得るためには、何名の役員に Yesと言ってもらわなければならないのか・・・。
「とりあえずブレストしようか」と言われ会議招集しても、結局先に進まずいつも頓挫してしまう。
これらは、われわれBMIA が 1,000 名以上のビジネスパーソンと行ってきたワークショップの最中に回収した声の一例です。
特に日本は男性優位度が世界一であること、「不確実度を過度に避ける」ことが組織風土における特徴であると、先行研究から示唆されています(*)。
BMIAのシニアアドバイザーであり、FORTHイノベーション・メソッド(組織でイノベーションを起こすための手法)開発者でもある、Gijs van Wulfen(ハイス・ファン・ウルフェン)氏は著書『Innovation Maze』で、イノベーションの初期段階における不確実性を迷路の構造に見立て、このような壁、不満を 15 の障害物というメタファで表現しています。
この障害物を抜けるために必要な 10 ステップこそが Innovation Maze です。
さらには、イノベーションが生まれる起点を4つの入り口に見立て迷路を構造化していることが、他のイノベーション関連ツール・メソッドとは一線を画すものであり、ユニークさを際立たせています。
迷路も組織内の力学も、ただ闇雲に動き回っているだけでは決して抜け出すことも、ましてやコントロールすることも不可能です。
入り口と進み方が異なる迷路の中にトラップされ苦悩する我々イノベーターにとって、障害物の存在とその乗り越え方が明確に指南されている本書は、最短で迷路を攻略できる唯一の地図です。
イノベーションに関しては、既に多くのツールやメソッドが外国から、あるいはさまざまなコンサルタントから発案、紹介されています。
書店でも「イノベーション」「新規事業」「ビジネスモデルといった書籍が溢れかえっており選書における「迷路」で苦悩している方もいらっしゃるでしょう(笑)。
特に近年の「デザイン思考」ブームは、多くの大企業の組織や部門の名称や形態を変え、デザイナーの地位や職位にも影響を与えています。
研修やワークショップで付箋紙を貼ったり、カラフルなペンを用意することに大企業の社員でも抵抗感が薄れてきているという事象は、10 年以上組織開発や新規事業創出をファシリテーターとして支援している身としては嬉しいことです。
一方で、デザイン思考を導入しているのに組織が変わらない、ビジネスモデル・キャンバスを描いてもイノベーションが起こらない、デザイナーを採用しても新規事業が作れない、いう声が絶えず聞こえてくるのも事実。
どうしてでしょう?
イノベーションとは「新しいことを行う、もしくは新しいやり方をする」というのが Wulfen氏の定義であり、新しさとは何か、その結果何が起こるのか、どんな成果(どれくらいの利益)が期待できるのかを明確にすることが、特にビジネスシーンでは欠かせません。
いくら顧客を観察し共感を PR しても、洗練されたデザインの UX を開発しても、著名な学者さんの推薦文を得ても、不確実なもの=売上が幾らかわからないものは、日本組織、誤解を恐れずに言えば定年前で失敗を残したくない役員の方は受け入れたくないのです。
また、イノベーションは改善レベルよりもずっと大きな変化を伴うものであ、決して独りの力で進められるようなものではないわけです。
- そもそもあなたのアイデアを「凄いね」と手放しで賞賛し、協力を惜しまない人は何人いるのでしょう?
- 特許出願は少なくないのに、なぜイノベーションが起こらないのか?
- どこのお客さんに聞いても、解決を諦めてしまっている課題とは?
- 新たな取り組みを本気で進めたいが、誰も賛同者がいない・・・。
このような独り言を呟いている方こそ、本書をいますぐ読むべきだと言えます。
加えて、COVID-19 によって激変した外部環境も、イノベーターのあなたを後押ししてくれます。
変わらなければ生き残れない、まさに社会もビジネスも New Normal を受け入れようとしています。
外出は制限され、在宅勤務が急拡大し、Zoom が会議だけでなく飲み会や学校教育においても主要なプラットフォームになりました。
出社する機会は減り、会議以外は独りで過ごす時間が増えました。
何より顧客と対面で会えない、営業できない、現地に行ってコミュニケーションやサービス提供ができなくなってしまいました。
まさに今すぐに「イノベーションしなければならない」状況が、本当に突然やってきました(自身、2月のシンガポール出張の出発前日に現地での宿泊予定先から感染者が出て、急遽取りやめになりました)。
欧州を起点に世界のあちこちを飛び回る Wulfen 氏本人にとっても、大きな災難が降りかかったわけです。
しかし、彼は自らの手法 Innovation Maze を用いて、この惨状に立ち向かっていきました。
彼のようなイノベーション・コンサルタントや講演家が抱えている「移動できない」「予定が次々とキャンセル」「デジタルツールへの嫌悪感」などの不安・不満を起点にした「Customer Issue」ルートを辿る迷路の攻略です。
300,000 人のフォロワーをもつ Linkedin インフルエンサーとしての強みと、世界中に散らばる 400 名の FORTH メソッド・ファシリテーターというリソースを活用することに加えて・・・
動画コンテンツ製作者とパートナーシップを組むことで、全く新しい Youtube という領域における Free ビジネスモデルのプロトタイピングを開始。
毎週月・木曜に 7 分程度の動画を配信し続けた結果、わずか半年で 1,000 名超の登録者を獲得し、見事にYoutuberへ転身してしまったのです(全ての動画は、”Inspiration for Innovation”というチャネルで視聴することができます)。
既に 50 本以上の動画を配信しており、個人が創造的になる方法、イノベーティブなマインドセットを獲得するための Tips、組織内でのチームの作り方、リモート・ワークショップを行うための Tool の使い方、先入観を外し斬新なアイデアを獲得するための習慣、等々。
コロナ禍で「変わらねば」と懇願する個人にとって、多くのインスピレーションが得られる実践的な内容です。
まさに、迷路を抜け出すことは誰にでもできるんだということを、自らが証明して見せてくれたのです。
この Wulfen 氏の行動と成果から、われわれが壁や障害だと思っていることは、実は大したものではないということを認識しなければならないと思うのです。
われわれは、壁や障害があるのだと言って、変化や新しい取り組みに立ち向かうことを、簡単に諦めてしまっているのかもしれない。
適切なスキルやマインドセット、そして「変える」勇気や覚悟があれば、変化は起こせるものであり、自身も変化できるのだということを、本当に理解しているのかどうか、日々自問し続けなければならないのかもしれない。
本書を通常業務の中で実践している、しようとして組織内外で啓蒙を続けている身として、Wulfen 氏のイノベーションに対する視座の高さはメソドロジーの範疇に収まりきらないということを、『Innovation Maze』日本語版と共に、多くの方に知って頂ければ幸いです。
『Innovation Maze』日本語版あとがきより
文責 山本 伸